譫言練習帳     塔野夏子


迷い込んだのは
螺鈿の螺旋の中
いいえちがう さらわれたのかもしれない

影だけで出来た盗賊団が
ドームから青い天象儀を盗み出した夜のことです

万華鏡の中でカタコトいうのは
お月さま わたしが生まれた時とおなじ
蠍座の上弦の

アールグレイを下さいますか?
角砂糖が踊り出す前に

でも其処に在る闇は硝子製でしょ
見えない鍵盤を
逃亡してきた指が奏でてる

銀色のハットをかぶっていたの
お別れするのはかなしかったの
誰と だったのか 思い出せないのだけれど

あの裏道では
おなじ形の建物が二つ 並んで囁きあってた
片方は黄色 片方は水色

だって傷つくと痛いのよ
怖くないなんて云えない

誰かの手がわたしを溶かして
わたしは薔薇色の雫になって散ったはずだったのに

夏の夕映えがあんまり長かったから
アルルカンが帰って来なかったことも
もうどうでもよくなったの

そうね ごめんなさい
来週の水曜日にはお約束出来ません
その頃には間違いなく また迷子になっていますので

知らなかったの? その虚空では
舞いあがるも墜ちるも 同じことなのよ

彼は窓辺に坐ってた
見るたびに瞳の色が変わってたから
綺麗で怖くて 何も云えなかった

誰が運命なんて云ったの?
そんなに容易い筈ないじゃない

ええそうです
わたしにはアリバイがあるんです
観覧車で星を摘んでいたんです

塔の窓から
またいつかいっしょに虹を架けましょう

もう一度夢を見る許可が下りたら
どうか眠らせてください