奏者の夢        塔野夏子


煌めく烈しさが
あのひとの命の芯にある
それを燃やしそれに燃やされ
あのひとの日々はめまぐるしく過ぎてゆく

けれどせめて夜には
やわらかな気圏が降りてきて
あのひとを抱きとり
深い眠りで包んでくれるよう
祈っている

遠く離れて
私はここにいる ここにいて
この指で 奏でている 月を 星を
早春の小径に咲く菫を
灰緑の湖面に浮かぶ白鳥を
数多のうつくしいもの なつかしいものを

奏でるその調べが
遠く離れて眠るあのひとを包む
やわらかな気圏に
ほのかにかすかに漂う
そんなことを夢想しながら

それが夢想に過ぎないと
知っていても あるいは
知っているからこそ 私は
とめどなく奏でる ここにいて
この指で 奏でつづける あのひとの煌めく烈しさが
眠りの底で 深々と息をつき
やがて来る朝に あらたに冴えざえと
あのひとの輪郭を うつしだすようにと