湖上の燭台 塔野夏子 彼はその午後 長いこと湖畔のベンチに ずっとひとり坐っていたのだった 穏やかな陽射しが 静かな湖面を奏でるようにきらめかせていた やがてそのきらめきの角度も 湖の色あいも深まりはじめる刻限 彼はベンチから立ちあがり ほど近い小さな桟橋へと歩いていった そしてそこから 小さなボートに乗って漕ぎ出していった 湖のまんなかあたりに 燭台がひとつある そこへあかりをともしに行くのだと 聞いたのが彼自身からだったかどうか 今ではそれさえもさだかではない