帰 路        塔野夏子


夕方だ
早く帰らなくちゃ
このざわめく街を
通り抜けて

買ったのは
ずっと探してた本と
昔なつかしい歌をかなでる
螺鈿細工のオルゴール
どちらもだいじに胸に抱えて
時間までに帰らなくちゃ

だけど何故だろう?
さっきからうまく歩けないんだ
重たい空気が
足にまとわりつくみたいなんだ
身体から力が
抜けてしまったみたいなんだ

早く帰らなくちゃ
いけないのに
このざわめく街を
通り抜けて
時間までに帰らなくちゃ
いけないのに

あたりが暮れれば暮れるほど
前に進めなくなってゆくんだ
まわりの景色も歪みはじめて
ざわめきもへんに波うちはじめて

帰らなくちゃいけないのに
――何処へ?
――何時までに?
さっきから
どうしてもうまく歩けないんだ

――何処へ?
――誰の許へ?
何もわからなくなってゆく
まわりの景色は歪み溶け去り
ただ北西の方に
さびしい鉄塔がひとつ見える

ざわめきもいつしか遠ざかり
胸に抱えたオルゴールが
ひとりでに鳴り出す