隠れ処ホテル 塔野夏子
予約していたのは
ありふれた ごくごく簡素なホテル
チェックインし 渡された鍵は1547号
けれど15階の何処にも
47号室は見当たらず
フロントにとって返して尋ねると
ああ 失礼しました この部屋は と
脇の目立たないドアから案内された
少しこみ入った通路と階段を通り
広いヴェランダ庭園のそばに出た
睡蓮が咲いている美しい池がある
その向こうに白い建物
一階には いかにも居心地のよさそうな
レストランやカフェ
どうやら上階が客室だ
なるほど 私はこのホテルの
隠し棟へと案内されてきたのだ
私を導くフロント係は
何も云わなかったけれど
何故だか理解できた この棟は
人目を避け ゆったり過ごすための
知る人ぞ知る隠れ処
何故私がこの棟に? と
私は尋ねなかった
尋ねる必要も無い気がした
やがてたどりついた私の部屋は
心地よい広さで 家具調度もものやわらか
ごゆっくりおくつろぎください と
フロント係は去ってゆく
窓からはさっきの美しい池が見おろせる
もう少ししたらカフェに降りてみよう
此処に滞在中に 誰かに会える
(おそらくは 静かな不思議な眼差しのひとに)
何故だかそんな気がしている