蝶を放つ        塔野夏子


夕方のある時刻に
わたしたちは いろんな方角から
ひとりひとり あつまってくる
街のはずれの 森の一角
薄紅の花が 眠るように重たげに咲く樹が
幾本かかたまって立つ場所へ
何も云わず あつまってくる
(声を発してはいけないのだ)
ひとり またひとり 日々の営みなど
何処かに置いたような顔をして
あつまってくる ただ静かに
眠るように重たげに降ってくる花のかおりの下へ

最後のひとりがそろうと
まるで誰かが合図をしたかのように
わたしたちは いっせいに
手にした小さな籠を開ける
そこから一匹ずつ 小さな蝶が
今この世に生まれたかのように
飛びたってゆく

もつれあう軌跡を見つめる
いくつもの悲しみの瞳

やがてわたしたちは 空っぽの籠をさげ
来たときのように何も云わず
宵闇迫る中 ひとりひとり
ばらばらに戻ってゆく