忘却プロトコル        塔野夏子


中空の細い運河を
小さな郵便船が遡ってゆきます
あれには僕の手紙も乗っている筈です
誰に書いたのか 何を書いたのか
とうに忘れてしまいましたけれど

ひんやりとした透明な砂漠を
彷徨っていたら
蒼の族に会ったのです
その瞳は
何処を見ているかわからない深さでした

黒い空にくっきりと浮かびあがる
枯れた山脈の上を飛び越えてゆくのは
虹色の翼をつけた
骸骨の一隊です

境界線上をブレ続けることは
楽なことではなくて
こんなにも手ひどく傷んでしまいましたけれど
万華鏡も 観覧車も
回りやめることはないのです

貴方はいつも
背後に不思議な森をたずさえてあらわれる
けれどその中に
迷い込ませてはくださらない

塔の先端に
据えられた地球
さらにその上に腰かけて
笛吹きは夜通し 笛を吹くのです
巨大な歯車が軋む夜空へ

どうしてだかわかりません
紅い薔薇と銀の閃光の引力とで
とめどなく歪んでゆく多重時空から
純粋遊離線を抽出しようとしているだけなのに

忘れ去られた白い窓が
夜明けにひとりでに開いたら
誰かが 何かを告げに
訪れるのかもしれません