ある記憶 塔野夏子
それはやわらかな螺鈿のような空の下で
だから一緒に歩いたのは
他の誰でもない君だったはずなのだ
言葉を交わしながらだったかもしれないし
黙ったままだったかもしれない
手はつないでいたかもしれないし
つないでいなかったかもしれない
とにかく君と僕とは
浮遊するように歩いていったはずなのだ
そこに道があったのかもしれないし
なかったのかもしれないけれど
やわらかな螺鈿のような空がつづくかぎりは
ずっと歩いていったはずなのだ
いつまで とか どこまで とか
まるで考えもせず
ただうっとりと 歩きつづけたはずなのだ
(君はただ しずかに微笑う)
その時空が 今もまだどこかに
そっくりそのまま 隠されていると……
痛いほど そんな気がしてならないのだ